「仲間」と「孤独」

 

わたしがアーティストなんだとしたら

というか、いつもそういう立ち場になるから

そうなんだろうとだんだん認めざるを得ないけど、

アートの仕事は本当に自分と自分との戦いで孤独そのものだから

「仲間」なんていない。

アートをしている友達はいても、仲間とは違う気がしてる。

アートは結局「孤独」な作業。

 

今思うと、

わたしは、5年間くらい洋服の仕事をしたら

そこで一緒にものを作ってくれる仲間ができた。

そういう「仲間」を味わってしまった。

工場さんや、パタンナーさんや、撮影になればカメラマンさんや

WEBデザイナーさんや、

当時は意識していなかったけど、沢山の仲間に囲まれて

日々を過ごしていた。

そのときの私は、すごく満たされていた。

アートのほうがしぼんで行ったから、何が実際正しいかなんていえないけど。

日々は苦しくても楽しかった。

 

いまわたしは、働いてもいないし

常に一緒に作ってお金を稼いで行くいく仲間もいないし

お金を稼ぐことは結果でしかないけれど、

お金が入る目的があれば、頭を回転させるのが

とても楽しくなるもの。

 

そこが常ではなくなってしまったから

なんだか不安定な日々を

また6月の低気圧がいっぱいな頭がリアルに重い日々を過ごすわけです。

 

やることはあるけど

安心感がまるでない。

 

これが生きる事なのか?

 

歳をとるごとに加重がかかってる。

だから日々笑っているけど

心の中は不安でいっぱい。

 

 

わたし、いま「仲間」がほしい。

日々一緒に何かできるガチンコな仲間が欲しい。

そんなにタイミングの良い人がいるのかどうかはわからないけど。

 

ゆるやかな苦しみの山をだんだんのぼる。

人生ってこれの繰り返しなのかもしれないな。